義民難波小右衛門首塚

 長岡市小国町武石集落にあります。
 寛文7年(1667年)の飢饉の時、庄屋難波小右衛門は連日餓死する村民を救うため、領主に無断で御蔵を開放して村民の急を救った。しかし、このため打ち首の刑に処せられた。
 大正3年武石村村民は小右衛門の徳を讃える碑を当時の難波家の門前に建てた。

所在地長岡市小国町武石